PEOPLE つくり手

Confidence自社大工だから出来る、
揺るぎない家づくり。

「浅井良工務店」は、自社大工を有した数少ない設計工務店です。
大手住宅メーカーによる工業製品型住宅とは一線を画した私たちの家造り。この核になるのが、創業以来40年も続く「自社大工」による家造りです。「自社大工」だから、設計者の考えがいつでも的確に伝わります。これにより、設計と施工が一体となった家づくりが実現します。

無垢材に出会うと、
つい顔がほころんでしまう。

棟梁浅井 和夫

今は少なくなった、無垢の材料。
最近の住宅は、芯材に表面加工した材料を使うことが多くなった。
無垢より安いし、品質も安定している。しかし50年近く大工をやってきた今でも、無垢の材料と出会うと、大工としての心が高ぶる。つい顔もほころんでしまう、今は棟梁だから、現場ではウチの大工たちに作業を任せることが多い。大工として脂ののった職人ばかりだから、安心だ。しかし無垢の材料だけは、自分でノコを引きたいし、削ってもみたくなる。長年使い込んだ尺の定規も無垢材にしっくりと馴染む。無垢材と尺定規。大工になって、よかった。

膝を付き合わせた、
設計打ち合わせが大好きだ。

設計士中口 勝之

設計士になったころは、ビルや病院など大型施設の設計が多かった。ほぼ共通規格だから、線引きはスムーズに進んだ。9年前、浅井良に入った。住宅設計が主となった。線引きをスムーズに進めるには、施主さんご家族の話をよく聞く「耳」が必要だと痛感した。そして設計士として譲れない箇所をハッキリと言える「口」も必要だとわかった。だから自分の設計は、施主さんとのひざ詰め打ち合わせが基本だ。施主さんの都合で深夜から明け方までの打ち合わせが続いたこともあった。楽しくて、仕方がなかった。自分でも驚くほど、家造りが好きなのだ。

Confidence高い精度、気配りをも備えた
自社大工の育成。

「浅井良工務店」には自社工場が敷地内にあり、材料の仕様確認や変更の際にも、設計担当者・大工がすぐに顔を合わせて打ち合わせができる環境です。
また工場では、精度の高い技術を持った大工育成のため、熟練大工が若い大工たちを鍛えています。
もちろん、現場での気配りの大切さも受け継がれます。
上下関係が厳しい職人の世界で継承される、技術と心。これこそが、「浅井良工務店」家造りの原点です。

現場勝負の手作りの家が、
大工としての誇りだ。

大工兼工務中口 計

20才の時に大工になった。大工道具は中学の授業以来だった。
上下関係が厳しい世界だと思っていたが、自分にとっては居心地のいい場所となった。
「ネンアケ」*の時、親方から大工道具を貰った。親方の自腹だ。その夜は嬉しくて、道具に名前を書いて並べたものだった。 あれから20年近くが過ぎた。今は4人の男の子の父親だ。
賑やかな家庭を持てたからこそ、良い家が建てられるのだと思う。自分たちが建てる家は、現場勝負の手作りの家だ。施主さんとも気さくに話しながら、この家について大工としての思いを語る時間が好きだ。

*ネンアケ:年季が満了すること。5年の見習い修業を終えたこと。

Confidence家造りを天職とした、
職人の五感が冴える。

「浅井良工務店」には70才を超えた職人が元気に仕事をしています。
半世紀以上にわたり住宅造りに携わった、熟練職人の目利き。熟練の目利きは、ミリ単位の精度を可能にします。
この熟練の目利きがあるからこそ、細部に渡り、しっかりとした造り込みが可能となるのです。
私たちの現場には、住宅造りを天職とした職人の五感が冴え渡ります。

七十六になった今だから、
出来る家造りがある。

現場手配役山本 豊

若いころから『段取り七分、シゴト三分』と仕込まれた。
この言葉の重さを76才の今になって改めて感じる。
膝を悪くしてから整骨院に通う。ここで出会う同年代はとっくに隠居の身だ。しかし自分は明日も現場に出向く。
現場ではユンボ*に乗ったりもするが、その日その日に必要な手配をすることが、仕事だ。工期全体を観ながら、今週は、そして今日は、明日はと段取りを考える。大工や左官工の技量とヤル気も一目でわかる。翌日は職人を入れ替えることもある。この自分の「目利き」があるからこそ、浅井良の家造りは手抜きもない、遅れることもない。

*ユンボ:建設現場で使われる油圧ショベルのこと。「ユンボ」は登録商標。

早朝、寝床で段取りを
考える習慣は変わらない。

現場監督阪中 至

県下の高校建築科を卒業した。そして現場監督になった。
それも入社後、いきなりだったのだ。現場は年上の職人ばかりだから、「この若造が」と鼻であしらわれたこともあったと思う。しかし真面目に、偉ぶることなく監督業を続けた。わからないことは、進んで職人たちに聞いた。そうこうしている内に、職人たちが自分の指示をしっかり聞いてくれるようになった。あれから36年経った今も、浅井良の現場で働いている。変わらないのは、早朝寝床で今日の段取りを順追って考えることだ。現場監督としてのシゴトはコレに尽きるのだ。

Confidence住み継がれるに相応しい、
家造り。

施主さまご家族に馴染んでいく「家」を造ること。これが私たち「浅井良工務店」の理想です。
引き渡しから始まる、私たちと施主さまご家族との新しい関係。
私たちは30年の長きにわたり、お建ていただいた「家」を見守る「30年無償定期点検」を行なっております。
そして、ご家族の成長に見合ったご提案もさせていただきたいと考えます。

自分の出番は家の完成後。
家具職人の腕が鳴る。

家具職人久保 泰孝

家具屋に丁稚奉公に出た。15の時だった。
住み込みで、朝早くから夜遅くまで働いた。
親方に家具職人として仕込まれた。だから、この年になっても、手が覚えてくれているのだ。60才のころだったか、シゴトを辞めた。好きなことをやろうとしても、大した趣味はない。寂しくなってきた。ご縁あって浅井良で家具職人として働きはじめた。自分の出番は家が出来上がってからだ。
扉や棚の塗装や組み付け、扉の開け具合を調整したりもする。施主さんに具合を確かめてもらう。だから自然と施主さんとの会話も多くなった。今ではご指名をいただくこともある。

リフォーム住宅設計の
スペシャリストを目指す。

設計士杉本 充朗

親が建築設計の仕事をしていたから、あまり考えずに建築学科に進学した。進学後は勉強もしたが、自分について深く考えるようにもなった。敷かれたレールの上を走りたくない。
卒業後は半年ほどアジアを廻った。帰国後は建設現場でアルバイト。資金が貯まったから、今度はヨーロッパを二年間廻ってみた。スペインのカダケスという漁村で、ダリ*の家に出会った。ダリが生涯で唯一買った家だった。増改築を繰り返したダリの家に心が動いた。長く住んで手を入れる。そしてまた、長く住む。新築設計より、リフォーム設計の第一人者になりたいと思った。

*ダリ:サルバドール・ダリ(1904-1989)。スペインの画家。