「何もない」が、心地いい。暮らしの中の「余白」の話
和歌山県で和歌山・南大阪を中心に地元密着で
新築・リノベーション・リフォームを
おこなっている 浅井良工務店の福田です。

この写真を見たとき、最初に感じたのは、
「なんだか、気持ちいいな」
ということでした。
大きな窓から入る光。
奥まで視線がすっと抜けるLDK。
ゆったりとした天井と、
ぽつんと灯るペンダントライト。
もちろん、床や家具、照明も素敵なのですが、
それだけではない気がしました。
「この心地よさって、何なんだろう?」
少し考えていて気づいたのが、
この空間には「余白”がある」ということです。
余白って、「何もない」こと?
余白というと、
「広い家じゃないとつくれない」
「家具をあまり置かないこと?」
と思うかもしれません。
でも、私が感じる余白は、
単に空いているスペースのことではありません。
たとえばこの写真も、家具はきちんと置かれています。
それでも窮屈に感じないのは、
窓の外へ視線が抜けたり
家具と家具の間に間があったり、
天井に広がりがあったり。
光や視線、そして人が動くための「間」が、
ちゃんと残されている。
だから、眺めているだけでも
少し肩の力が抜けるのかもしれません。
パースをつくっていても、同じことを感じます
私は普段、設計サポートとして3Dパースをつくることがあります。
パースをつくっていると、
「ここにも家具を置いた方が分かりやすいかな」
「小物を増やした方が暮らしが伝わるかな」
と、ついつい「足したくなる」ことがあります。
でも、いろいろ置いてみたあとに少し減らしてみると、
「あ、こっちの方が空間そのものがよく見える」
と感じることも少なくありません。
何を置くかと同じくらい、
「何を置かないか」
「どこを空けておくか」
も、空間をつくる大切な要素なんだなと思います。
設計の仕事って、何かを詰め込むだけではないんですよね。
暮らしにも、「余白」があったら
家づくりを始めると、
「収納はできるだけ多く」
「この部屋も欲しい」
「ここも有効活用したい」
と、限られた面積をできるだけ無駄なく使いたくなります。
もちろん、それもとても大切です。
でも、家の中のすべてに役割を与えなくてもいいのかもしれません。
窓辺でぼーっとする場所。
子どもが床に寝転がる場所。
花を一輪飾るための場所。
何をするか決まっていない場所。
そんな「何も決めすぎていない場所」があるからこそ、
暮らしの中に少しゆとりが生まれる気がします。
そして家族のかたちや暮らし方が変わったときにも、
その余白が新しい使い方を受け止めてくれます。
余白は、何もない場所ではなく、
これからの暮らしを受け止める場所。
そんなふうにも考えられるのではないでしょうか。
「何畳あるか」だけでは分からない心地よさ
浅井良工務店の家づくりでは、
部屋の数や広さだけではなく、
「ここで、どんな時間を過ごすのか」
ということを大切にしています。
朝、光が入ってくる。
家族の気配を感じながら、
それぞれが好きなことをしている。
ふと窓の外に目を向ける。
何でもない時間なのに、なんとなく落ち着く。
そういう日常の心地よさは、
図面に書かれた「〇帖」という数字だけでは、
なかなか分かりません。
だからこそ、
光の入り方や視線の抜け、
家具を置いたときの距離感など、
実際にそこで暮らす場面まで想像しながら
考えていくことが大切だと思っています。
家づくりというと、
「何をつくるか」を考えることが多いですが、
たまには、
「何をつくらないか」
「どんな余白を残したいか」
から考えてみるのも面白いかもしれません。
自分たちにとって心地いい家って、どんな家なんだろう。
まだ間取りも、土地も、何も決まっていなくて大丈夫です。
浅井良工務店の「家カフェ」では、
いきなり間取りや設備を決めるのではなく、
まずはこれからどんな暮らしをしたいのか、
そんなお話から一緒に考えていきます。
「自分たちの暮らしには、どんな余白があったら心地いいんだろう?」
そんなことも、ぜひ気軽に話しに来てください。

浅井良工務店の家カフェでは、
和歌山の気候や土地の特徴を踏まえながら、
家づくりの考え方を
分かりやすくお話ししています。

資料請求では、
浅井良工務店がどのように
和歌山の自然を読み解き、
快適で安心できる住まいを
つくっているのかをご覧いただけます。
家づくりを考え始めたばかりの方も、
土地探しから悩まれている方も、
まずはお気軽にご相談ください。















