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回想自転車旅行記~18

1969年 1月8日 水曜日 雨 PM 3:00 2℃

 小雨もようの中、気分良くスタート。 雨の降っているせいか昨日より少し暖かく感じるが、所々には残雪が白く光っている。 右手にkoroniaの湖を見ながら走る。 湖の青い色と山脈の緑が美しくマッチして絵に書いたようである。
 途中より雨がみぞれに変わり、気温も下がってきた。手や足が非常に冷たい。 なぜか右の膝が冷えると痛み出す。ペダルに力を加えると、針で刺されるような感じだ。 バスケットをしていた時の利き足なので無理をしていたのかな。とりあえず足が命の旅、だから大事に暖めながら走ることにする。
 テッサロニキの街の少し手前で、美しい墓地を見つける。白い十字架が無数に規則正しく並んでいて見ごたえがあった。日本の墓地もこれくらい綺麗だったらピクニック気分でお墓参りができるのに。

街に着いたのが1時。まずインフォメーションに行き地図とユースホテルの所在地を貰う。 領事館に行ったが日本の新聞が無い。最近の日本のニュースを知らないので少し残念。

本日の出費:ボールペン3Dr(ドラクマ) 
        パン6Dr ホテル25Dr ティー2Dr

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↑この塔は、ギリシャ第2の都市テッサロニキのシンボル「ホワイトタワー」15世紀にベネチア人が築いた防壁の一部で、18世紀からは牢獄としても使われ、大量殺戮も行われたため、別名「血塗られた塔(レッドタワー)」とも。現在塔内はビザンチン博物館、タワーの最上階は街を見下ろす展望台となっています。

和歌山で家を建てる 浅井良工務店

回想自転車旅行記~17

1969年 1月元旦 水曜日 PM 2:00 10℃

8時出発、少し寒いが、「馬力を出して行こう」。 今日は、元旦だが出足に頑張れば後が楽だからナ。 我が家では親父やお袋さん達は良い正月を迎えている事だろう。 僕もゆっくりとイスタンブールの正月を楽しむつもりだったが、都会に落ち着くと、滞在費がかさむのであまりノンビリできない。 正月早々馬鹿みたいにエッチラ・オッチラやっているのは、僕だけかと思ったがなかなかトルコ人も良く働くとみえ、放牧民の叔父さんは羊を追いかけ、スタンドの親父は居眠りしながらも店番、百姓のお爺さん馬車に乗って、正月は何処吹く風と働いている。 今日も海岸沿いに走っている、地中海の色はとても美しい。濃紺・群青色・紺碧・藍‥太陽に照らされて色が変わる。 波が無いべた凪で湖水のようだ!岩壁より見ると海底が綺麗に見える。 今日、MALKARAの街に泊まる。 肉屋のおじさんが肉を隣の食堂へもって行き焼いて食べさせてくれる。久しぶりの肉だ~!これが僕の正月メニュー。

1月2日 木曜日 雨のち雪 PM2:00 10℃

 朝から雨が降っているのでもう一泊このホテルでするつもりでいたが、どうも落ち着く気になれず出発することにする。 雨の中走るのも楽ではないがそのうち止むだろう、と思いきや10Kmほど走った辺から霧が出てきて急に気温が下がってきた。
 周りの木々を注意して見ると樹氷ができている。 山に差し掛かったせいだろうと思っていたが、ユーゴスラビアからの北風のせいらしい。雪も少し積もっている、行けば行くほど多くなってきた!!道路上は30cmもある。 ギリシャへの国境が近いので早く行きたいが雪のため12Km/hでしか走れない。 予定より3時間遅れでギリシャ側に入る。 国境の村の食堂へ体を温めようと入っていくと、ギリシャの兵士が居て、ワインや焼き肉をご馳走してくれた。さらに僕の今夜の寝床まで世話してくれた。 本当に何処へ行っても皆の親切には痛感する。

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和歌山で家を建てる 浅井良工務店

回想世界旅行記~16

12月14日 土曜日 PM3:00 -5℃ 積雪 5cm 曇り後雪

マークーの街で昨日、霜柱でパンクした自転車を修理してから、両替に行く。1ドル=11.5TL(トルコリラ)との事なので20ドル分換金する。 後でトルコ側にてレートを聞いてみると1ドル=9TLだと言う、チョットと得したかな「マネーチェンジは、一つ手前の国で」とは良い教訓だ。 マークーの街を出たのが11時、雪をかぶった岩山に囲まれた美しい街だった。
ボジュノールの出国オフィスに着いたのが昼を少し過ぎていた。オフィスにはヨーロッパから車での旅行者が列を作ってイラン入国の順番待ち。殆どの人がインドへ行くらしい。 さて私は今からイランからトルコに入ります。イランでは楽しい良い思い出が沢山できました。まだ南方へ行けば見るところが在るが遠回りになるので断念。 夜、ドクバヤジットのホテルで日記を書いていると、「日本人がいてるで!」と教えてくれたので会いに行くと、ヨーロッパから帰る途中の大阪の人だった。すぐに意気投合し、久しぶりの日本語で10時過ぎまでお互いの情報交換をする。

12月17日 火曜日 AM 10:00 -3℃ 雪後雨

 出発してからエルズルムの街でポストオフィスを探したが見つからなかったので手紙をポケットに入れたままエルジンジャンまできてしまう。
エルズルムでは積雪30cm、道路はトラックやバスで固められているから自転車
でもどうにか走れる。しかしスリップが怖い!それと野犬がウロウロしていて再三追いかけられた。小さい犬だと怖くも無いが、秋田犬のように大きな犬が3、4匹も来られると追っ払う事もできない。
エルズルムからエルジンジャンにかけて山道なので景色がとても美しい。エルジンジャンへ向う30km手前のころより雪が無くなり、雨になってきた。この辺は雨が多い。

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和歌山で家を建てる 浅井良工務店

回想世界旅行記~15

12月5日 木曜日 曇り後雨 PM3:00 5℃

 昨晩はポストオフィスに泊めて貰う。このオフィスのチーフが「朝食を食べていけ」と言うので遠慮なく彼の部屋へ呼ばれたが、一向に彼が食べようとしないので「食べないのか?」と聞くと、「断食の月なので1日に1回夜だけしか食べない」と言う。「モッサルマン(イスラム教を信じる人)は食べることを美徳としない」なんかこの宗教は食べないのが偉く感じるらしい。豚肉・タバコ・酒・断食となかなか厳しい宗教である。
 朝食を呼ばれて出発したのが8時半。今日から3日間ガタガタ道だ。泥でタイヤが2回も回らなくなり、パンクの修理道具で泥を落とす。空は曇って今にも雨が降りそうだ。僕の顔も曇って今にも涙が出そう・・・。急な坂道にぶつかったり、向かい風で一向に進まなかったり、悪いことだらけ・・・。おまけにBojnurdの街に着いたとたんにギヤーが壊れてしまう。自転車屋に持っていくと、早速直してくれたが100Risと言われたが、50Risに値切る。
 今日は良いこと無しだ。

本日の出費:ライス30Ris 茶5Ris ナン6Ris 干し柿5Ris
自転車修50Ris ホテル25Ris

12月7日 土曜日 曇り後雪

 8時半、SARIの街を後に一路テヘランへカピス海も近いので景色も大分変っている。藁葺きの家も時々見かけるので、何だか日本へ帰ったような気持ちになった。雨が多いせいか屋根の勾配がとてもきつい。そしてトタンで出来ている屋根もある。アフガニスタンからこのSARIまでは殆ど土小屋だったのに、ころりと変わった感じだ。
 周りを見ると緑が多い。今まで砂漠を通って来たので緑を見ると本当に安らぎ感が出てくる。水田も延々と耕せている。パキスタン以来見ていなかったので水田を見ると懐かしい。しかしカスピ海を見ることが出来ないのが残念。又の機会が無いのだからなおさらに。
 エレブリッツ山脈の山越えは大変興味があった。霧・雨・雪と低温。さらに高度が高いので越えごたえのある山だ!おそらく3000m近くあると思う。
 テヘラン着はPM2:00、先ずは大使館へ行ったがオフィスはクローズされていた。オープンはAM8:00~12:00 PM4:00~7:00、日本じゃ考えられない。ホテルを探しにメインストリートをうろうろしていると、テヘラン大学の学生が来て「私の家に泊れ」と言ってくれるので甘えることにする。

本日の出費:チーズ10Ris パン5Ris

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回想世界旅行記~14

11月23日 土曜日 霧視界50m 11:00より晴れる
AM9:00 4℃-PM3:00 8℃

ホテルを9時に出発、国道に出るまであまりにも悪い道なので気分を壊す。霧が深く街の中は20mぐらいの視界だ。砂漠に出ると50mぐらいまで見えてきた。 セーターを着て走っていると霧で濡れてくるので、カッパを上に着て走り出すと11時過ぎには晴れて素晴らしい天気になった。 道が平坦な上に追い風なので走りやすい。イランとの国境まであと123km 。一気に走る。アフガニスタン側のカスタム(税関)は簡単に終わった。1メートル向こうはイラン!残っていたアフガン紙幣を使い果たしてしまう。
 イラン側に入ると極端に道が悪くなって、自転車に乗って走れない。かかげて歩く所もあった。泥がタイヤと泥除けの間に挟まって車輪が回らない。イラン側のカスタムに着いたのが5時半。今日はこれ以上進むことが出来ないのでカスタムオフィスに泊めてくれるように頼むとOKしてもらえた。 おまけにベッドと夕食まで出してくれた。
 しかし道が悪いのには驚いた。タイヤが回らないし、自転車のバッグは、泥だらけ......

本日の走行距離:123km(計4229km)
本日の出費:ローティ2AFN 昼食 12AFN 封筒 5AFN タバコ8AFN ぶどう5AFN

11月25日 月曜日 晴れ PM3:00 20℃

朝食は、ジャガイモ・にんじん・にんにく・トマト・玉葱を味噌汁の素で煮たもの。わりと味もよく、腹も膨れた。 昨晩はどういうわけか寝付けなく、朝の4時ごろまでウトウトとしただけなので頭がはっきりしない。 Torbat-Jamの街を出しなにバターを25Rlsで買う。
 さあ悪路との戦いだ!走っているという気が全然しなくて、 道と争っている、という感じだ。 砂利石の無い所は辛うじて走れるが、砂利があると全く駄目だ。 道路の側で工事人夫の人達が仕事の手を止めて手を振ってくれる。インドやパキスタン、アフガニスタンでは見かけなかった子供たちも「ハローミスター」と声を掛けてくる。 服装も一応きちんとしたものを着ている。 しかし国境を越えるとこうも違うものか、とイランの国に入って思う。ちょっとした大きい街は近代化され、美しくまとまっているが郊外に出るとまるで荒野だ。所々最近になって畑として耕したような所もある。 今日はFarimanの道路工事事務所に泊めてもらう。

本日の走行距離:91km(計4399km)

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和歌山で家を建てる 浅井良工務店

回想世界旅行記~13

11月17日 日曜日 晴れ 
AM6:00 8℃-PM3:00 26℃-PM6:00 17℃
 昨日のキャンプはKnugianaの村から20㎞走った砂漠の中にある廃墟にテントを張る。朝、出発前から自転車の調子が悪く修理や調整をするがスポークが2本どうしても折れてしまう。とにかく応急処置をしてGirishrの街まで行くが、納得のいく自転車屋が見つからないので次のHeratの街で修理することにしてGirishrの街を出る。
 3時間ほど走った路上で、見覚えのある日本車2台(トヨタのランドクルーザー)が猛スピードですれ違う。ボディに”TENRI”の文字と例の家紋が見えた。するとその2台が砂煙を上げてUターンし、僕のところまで引き返してきて「自転車の日の丸を見て、本当に日本人か確認に来た」と言う。彼らは天理大学学術調査団でロンドンからカカッタのコースで宗教や習慣の調査をしているとのこと。砂漠の真ん中で、日本の味噌汁、ご飯、漬物、塩昆布など色々ご馳走してくれる。イランの道はほこりが多いから、とメガネまで頂き、テヘランまでのコースや道路状況を教えてもらった。別れ際にも塩昆布、粉ジュース、味噌汁の素などをバッグに詰めてくれ、非常に親切にしていただいた。

85㎞走行(計3663㎞)
魚のフライ5.5AFN ローティ4.5AFN

11月19日 火曜日 雨後晴れて曇り 
AM6:00 8℃-PM3:00 19℃
 昨日雲行きが怪しかったので、道路管理人が宿泊しているレストハウスに泊まることにする。室内は設備は最高の出来だ!おそらくソ連が造ってくれたのだろうが、アフガン人はこれを使いこなすことが出来ていない。物だけ与えてそれについての教育がなされてないのかも。しかし僕には、このハウスの御蔭で雨にも濡れず、風に吹かれずの幸いなる一夜を過ごすことが出来てありがたいことだ。午前中雨が少し降っていたので止むのを待って出発したのが11時半、追い風に乗って飛ぶように走る。Farahの街にバザーがあると期待していたがホテルが一軒あるだけ。今日もローティと味噌汁だけで一日の食生活が終わろうとしている。これで連続3日間ローティオンリーだ。腹の中が砂糖だらけ・・・今日もまた、砂嵐に遭い地元の道路保安官の宿舎に避難して助かる。

70㎞走行(計3891㎞)
卵5AFN ローティ4AFN 中間食22.5AFN

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回想世界旅行記~12

11月8日 晴れ、夜少し雨 カブールにて

 日本大使館に行くが、金曜日で休みとのこと。回教徒は金曜に休むと聞いてはいたが、まさか官庁まで休むとは…日曜日は仕事をするらしい。
 ただバサールに行くと、所々開けている店もあった。日用品から始まって、果物・食料品・古着屋・毛皮屋・民族衣装・・・ここには何でも有る。ない物は無い。
 ジェララバードのホテルで先日知り合った、東京に留学経験のあるアフガニスタン人のハッサン・カリミ氏のお宅に10時頃お伺いする。外観は立派とはおせいじにも言えないが(失礼)中に入るとさすがカブールでの顔役だけあってきれいにしてある。日本染めのクッションにインドのテーブル・中国製の陶器・アフガン製の卓袱台・・・と国際色が豊かだ。挨拶に出てきた二人の娘さん、これがまた美人!ファッション雑誌から飛び出したようで、その辺の俳優さんよりもはるかに美人だ。チャエの用井から昼食の接待まで彼女たちがしてくれたが、やはり美人にしてもらうと、こうも味が違うものか…嫁さんは美人に限る!食事中、アフガンについて一旅行者では知りえないことまで色々と話して頂いた。

11月9日 土曜日 晴れ

 9時より日本大使館に行く。書記官にアフガニスタンのビザの件を聞くと、1ヶ月間通用とのこと。割合親切に教えてくれた。日本の友人クニちゃんからの手紙を嬉しく受け取る。日本のことを知らせてくれていた。日本の新聞を読み、新宿騒乱事件、川端康成のノーベル賞受賞、八海事件の無罪、オリンピックのニュースなど日本の情報を得る。やはり2ヶ月も離れていると懐かしくなる。
 食パンにバーベキューとお茶でしめて10AFN。食費が安いので助かる。出来ればもう少し贅沢をしたいのだが、毛皮を買ったので我慢。キツネの毛皮で出来た帽子と手袋、日本で買えば1万円はするだろう。お土産と実益をかねる。今日バザールで魚のフライを食べたが、日本を離れて初めての魚だ!美味い!
 ヨーロッパ帰りの人と会っていろいろと話を聞くと、イランは物価が高いとのこと。少し節約していこう。

本日の出費:パン4個6.5AFN ライス10AFN 
   シシカバブ4本4AFN 魚のフライ3AFN 
   切手4枚40AFN 帽子と手袋400AFN(1AFN≒20円)
 
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回想世界旅行記~11

11月3日 日曜日 晴れ

 少し頭痛がする。昨晩久しぶりにシャワー浴びた時湯ざめをしたのが悪かったのか、、、風邪気味だ。非常食の買い出しとマネーチェンジとラジュウス(コンロ)用ガソリンを買うため街に出る。
 街には馬車がたくさん往来している。何処の街へ行ってもそうだが、何もかもが珍しいものばかりで、カメラで何を写して良いか解らなくなって迷うばかりだ。やはり「これだ」とポイントを決めておいた法が良いかも。道を歩いている人も、店屋も、建物も、職人も、目に入るもの全てが全く日本と違う感覚だ。やはり文化・環境が違うとこうも変われるものだろうか?
 半日ぺシャワールの街を歩いていて、飲食店が多いことに気が付いた。何処へ行ってもこんなに食べ物の店が多いところは少ないのじゃないか?そしてお茶屋が特に多く、果物も路上にあふれている。変わったものでは、マトンと米とで炊き込んだマトンライスを売り歩く者もいた。チキンスープやフライ物の肉料理が特にうまい。
 ペシャワールで初めてマネーチェンジする。ラホールでは1ドル=7.50Rだったものが、ここでは1ドル=12.70Rとのこと。一律ではないと聞いていたが、同じパキスタンなのにこうも違うとは。でたらめにも程がある。。。

本日の出費:バナナ6本1R、柿3コ 85P
チキンスープ18P ジャム2R パン1R

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ターバンを巻いて記念撮影

和歌山で家を建てる 浅井良工務店

回想世界旅行記~10

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11月2日 土曜日 晴れ 76km走行(計 2647KM)

 AM 7:00 9 ℃ (朝霧あり)  目を覚ましテントから外を見ると聖なるインダス川の彼方にカシミールの山々が雪帽子をかぶって美しく見えた。 インダス川の湿度が高いせいか、テントが夜露でびしょびしょ‥テントを乾かし、自転車のパンクを直してキャンプ地を出たのが8時40分。 向かい風で道はガタガタだし、一向に進まなく、イライラ‥それでも少しずつでも進まなければ!途中Nowasaeraの街に着いて昼ごはんをとる。インド中や Lahoreでも見たことのない肉(多分マトン)・ネギ・トマト・コーン・小麦粉を練り合わせて天ぷらにしてある。ブーカバブとか言うものをチャパチーにはさんで食べる。ちょっと生臭かったが美味しかった。食べているとき学生が来て「お茶をご馳走するから来い」と言うので家に寄せてもらう。 彼は、何か技術関係の大学に行っているらしい。 自転車に付けてあるバッグに何が入っているのか、見せて欲しいと言うので見せると色々と珍しがっていた。ここで二度目の昼食をよばれての帰りがけに万年筆を交換してくれと言われたが、断って出てきた。
 4時半頃Peshawarの街に着くが、ちょっとはましな街かなと思って来たが、全然いけません。 LahoreやR.Pinndiの方がよっぽど美しい。すごいほこりと馬車が多いので、馬糞で街が汚れっぱなし…。街そのものも完全な中近東的雰囲気。夜になり、ROYAL HOTELに泊まる。

本日の出費:干しぶどう 50P、 ティー 2杯 35P、 パン2コ 60P 昼食 85P、ホテル 2日分 8R、石鹸 50P

和歌山で家を建てる 浅井良工務店

回想世界旅行記~9

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10月25日 金曜日 晴れ 147 km走行(計 1810Km)

Lest Houseにて朝食をとる。ミルクとライスとオムレツを頼んでおいたが卵がなくミルクとライスだけ、、、せっかくの朝食も副食が抜けると食べた気にならない。 おまけに4Rs(9月号で1ルピー=12円50銭は間違いで40円)もとられる。この親父!僕が外国人とみてぼったくりやがったなっ!
 もう朝晩はだいぶ冷えてきた。 Lest House を出発したのは8時だったが、短パンでは肌寒い感じがする。ボンベイとは5、6℃は違うだろう。今日のコースの途中にKarnalという街を通ったが、何か中近東的な雰囲気が漂う街だった。 煉瓦造りの赤茶や白・黄土色の建物がぎっしりと詰め合い、メインストリートは出店と人とロバと牛で混雑していた。この辺に来ると家畜にラクダが飼われているのを見かける。馬車でなく「ラクダ車」に乗って通っているのもあれば、井戸から水のくみ上げるにもラクダを使っている。 今日は147km走ったが非常に疲れた。日本とインドの気候や道路条件の違いが、なかなか思うように先へ進ませてくれない。

10月26日 土曜日 晴れ 140Km (計 1950Km)

 AmbalaのLest Houseの親父に見送ってもらい7時45 分出発。この街を出ないうちからやたらと軍人や軍用トラックが目に付く。国境が近いせいだろうか? 途中自転車の荷物が崩れ、直していると下士官らしき軍人が来て「何かトラブルがあったのか?」と聞いたが「何もない」と答えると、にこっと笑って向こうへ行った。
 昼食はKannaの街でナン・バター・マトン・ミルクティとデラックスに腹いっぱい食べて2.20Rs安いものだ!本当にインドで1ヶ月210Rs(8400円)あれば衣・食・住をまかなえる。ちょっと始末すれば5000円で可能だろう。日本では考えられない。これで収入が良ければインド人皆が裕福な生活を出来るのだが、あにはからん、彼らの収入は知れたものだ。インドに今日で1ヶ月滞在したが、まだまだ納得いかない事が無数にある。

和歌山で家を建てる 浅井良工務店

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